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開発協力のつくられ方ー自立と依存の生態史
開発協力を振り返る研究は、開発協力は「〇〇の役に立ったのか?」という問いかけから始まるのが典型的です。開発協力によって貧困は軽減したのか、識字率は向上したのか、農業生産性は上がったのか、などなど。こうした問い方は、何らかの実践的な教訓を引き出すためには有用かもしれません。しかし、〇〇が問題であるという前提で、その解決手段に議論が集中してしまうと、そもそも〇〇が問題になった経緯や「解決」が生み出した広い影響が見えなくなります。
 本書では、従来とは全く違った問い方で開発協力の歴史を描きました。それは開発協力が「何をしてきたのか」という問いです。開発協力は、計画書の「目的」に書かれている内容に役立ったかどうかを超える部分に、その重要な影響があります。貧困削減に役立たないと批判されるような援助でも継続されるのは、まさに援助が貧困削減以外に何か他のことを「している」からと考えるべきでしょう。この視点を取り入れたとき、「自立」を目指して行われてきた開発協力が、実は別の次元で、様々なアクターの間に「依存関係」をつくり出している様子が見えてきます。私が本書の副題に「生態史」といれたのは、こうした関係性の長期的な変化が、あたかも生物の進化と似ていると考えたからです。
 実施機関や計画者の意図を超えて生じる影響は、日本から遠く離れた途上国の現場で主に発現するため、ほとんど感じることができません。しかも、大規模インフラ支援などの場合、影響をしっかりと確認できるのはプロジェクトが終了して数十年後になることもあります。本書では、戦後の日本の開発協力の歴史の中で、その後の開発協力の路線を定める転換点となったような出来事に注目し、一つの出来事が次の出来事を呼び込む歴史的なつらなりを自分なりに再構築する努力をしてみました。特にオリジナルだと自負しているのは、1980年代に日本で巻き起こった「ODA批判」を契機に、「生活破壊」、「公害輸出」、「汚職の温床」などと手厳しい批判を受けた案件の「その後」をインドネシア、フィリピン、タイの各地で現地調査したところです。詳細は本書に譲りますが、面白いことに、多くの「問題案件」は優良案件に化けていました。
 日本の開発協力の歴史を通して分かるのは、多くの営みが意図や計画よりも、「そうせざるをえない」圧力に注目することで、より効果的に説明できるということです。この「圧力」の中身は時代によって異なります。ある時期は米国からの外圧であり、またある時期は国内の民間企業やNGOなどの市民団体でした。このように考えると、開発協力は、中央政府の官僚がつくってきたのではなく、いろいろなアクターの相互作用の結果として「つくられて」きたと言えます。それは、これまで主流だった意図や計画によって未来を操作しようとする発想への挑戦になります。この挑戦がどこまで成功しているか、そして、この挑戦が次の開発協力をよりよいものにするためにどのようなアイデアをもたらすのか。答えはぜひ本書をご覧ください。
著者/編集者
佐藤仁
出版社
東京大学出版会
ISBN
978-4-13-034326-8
出版年
1 Jan 2021 – 31 Dec 2021
専門
社会科学
テーマ
国際関係と政治学
国家政治
地域
日本
インドネシア
フィリピン
タイ